子どもを保育園に長時間預ける恐ろしさ

私の時代、保育園に通ってる人はあまり見かけなかった。

母たちは、専業主婦又はパートで働くかで、育児と家事を女性が担当していた。

父たちは、家族のために働くことを担当していた。

そして、男女機会平等以降、どんどん女性が社会に進出していった。

私も、男性にも負けまいと、受験し、学び、働いた。

しかし、男性と社会の中で競争していく中で、心身の体調を壊した。

また、子どもができ、育児をしていく中で、子どもにとって、母がどれほど重要な役目を担っているかを知った。

そして、男と女で差別や区別をする訳ではなく、役割が違うのではないかと感じた。

幼い子どもは、明らかに母を必要としてるのだ。

しかし、便利な世の中が時として弱者に残酷さを味わわせる。

人工ミルクもあるし、見守りカメラもあるし、何時間でも漏れないオムツ、乗り心地抜群のベビーカー、24時間体制の保育園、、、

子どもたちが正直に話せれば、確実にお母さんにそばにいて欲しいというだろう。

保育園の子どもたちを見ていると胸が痛む。

子どもたちは、母親の前では、何でもイヤと言って、言うことは聞かないし、何かと困らせる。また、「見て見て」と「これなあに」の連続で、その対応に追われる。

それなのに、保育園で過ごしている間は、言葉もうまく話せないくらいの子どもも、みんな保育士にイヤイヤも言わず、見て見てとも言わず、これなあにも言わず、こうしたいと我がままも言わず、子どもなりに気を遣いながら、母が迎えてに来てくれるまでの長時間を過ごしているのだ。

生まれてまもない子どもたちに我慢させてでも、どうしても預けて働かないといけない母もいるだろう。

ただ、生まれてまもない子どもたちを預けて働くことに心苦しく思いながら、葛藤しながら職場復帰する女性たちは多い。

政治家たちは、待機児童問題を解決しようとしているが、本当に子どもたちの心を考えているのか。待機児童問題を解決するということは、女性が外に出て働くことを肯定している。保育園に預けられたら、預けて働こうという女性の意思を尊重している。

政治家で、子どもたちの心に向き合いながら、丁寧な子育てしてきた方はいるだろうか。

私が知る限りでは、一人もいない。

母になるということは、そんなに簡単なことではない。

産んだからといって、内面が母になれるわけでは無いのだ。

子どもと共に過ごしている時間の中で、子どもと共に向きあう課題の中で、子どもに母として成長していくのだ。

子どものおかげで母として成長させてもらい、その過程の中で、親子の信頼関係が構築されていく。

よく、共働きで忙しくしてても、子どもとの時間は長さじゃないという話を聞くが、

そんなことはない。

子どもは、母を想い、母が忙しいと思えば、困っていても話したくても、泣きたくても、我慢してでも、母の笑顔を見たい存在なのだ。

どんな大人だって、子どもだった時があるんだから、思い返せば分かるだろう。

現在、少子化は加速し、今のままでは人口減少は止められない。

でも、ただその時の数字だけを見て対策をたてないで欲しい。

家庭にいる女性たちを安易に労働者にさせようとしないで欲しい。

子どもたちの心には、母の温もりが絶対的に必要なのだ。

幼少期に母からのたっぷりの愛情と無性の愛を受けてこそ、真に自立し、他人を思いやる気持ちが芽生え、社会に貢献していきたいと思う心が育つ。

子育てしている母たちが、何も働いていないと思ったら大間違いだ。

人間の人格形成という、とても難しく大事な仕事をしているのだ。

世の中の仕事の中で、間違いなく最も難しい仕事だ。

正解も無いし、マニュアルも無いし、予定通りいくことは絶対に無い。

そんな子育てという仕事の価値を世の中が軽視しているからこそ、少子化が止められないのだ。

父親たちを遅くまで残業させている会社は、その裏側に母達がワンオペで育児をしていることを想像していないのだろうか。

自分たちの会社の利益だけを求めていては、世の中は良くならない。

どんどんうつ病が増えていく世の中が見えている。

がんより、コロナより怖いうつ。

父親たちも、仕事の過労によるうつ。

母親たちも、育児と家事の過労によるうつ。

子どもたちも、過労の父親と過労の母親を見て、未来に希望が持てるだろうか。

夢や希望を抱き、失敗や挫折を恐れずに挑戦し、世の中のために働いていく人間になれるだろうか。

思いやりのある人間になれるだろうか。

それは、無理だ。

私たち大人が、できていないことを子どもたちに求めること自体がおかしい。

私たち大人が、いくつになっても夢や希望も持ち、その夢や希望に向かって挑戦し、失敗や挫折を乗り越えていく姿を見せる。

社会に貢献できる喜びを見せる。

思いやりのある言動を見せる。

これからの子どもたちにどのような子どもたちになって欲しいのか。

子どもたちに求めている姿を、私たち大人が子どもたちに示す責任がある。

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