誰からも評価されない母の苦悩

母には家庭を支えるという使命がある。

日々、家族を想い、食事を作り、掃除をし、育児をし、

食事は、家族の食べ残った余り物を食べる。

何が残るか分からないから、今日のおかずが何になるかは母たちも分からない。

そして、自分のことより家族を想い、いつも心配し、祈っている。

それが、母というものだ。

しかし、ふと、私は誰だろう、と思う時がある。

私は母。私は妻。時折、自分というものは見失う。

主婦である私は社会との繋がりは無い。たまのパートに行く程度。

新聞を読む必要も無いし、ニュースを見る必要さえ無いと思う。

だって、私の仕事は食事作りと掃除と育児なのだから。

主婦になって11年。子育て10年。

私は成長したのだろうか。

誰からも評価されない。

むしろ、パートにでも行くと、仕事のできない主婦、長いことブランクのある人、という見方をされる。

私、毎日、必死に頑張ってるんだけどな。

でも、子育てさえ頑張っても頑張っても、思った通りにはいかなくて、

寝坊して朝食を作ってあげられず、シリアル程度で子どもを小学校に送り出すこともある。

お腹減って授業に集中できるかな。お昼まで我慢できるかな。

夜だって、絵本の読んで欲しい、と言われても、大量の茶碗洗いと大量の洗濯物と散らかった部屋を前に、無理!と突っぱねてしまう。

寝る前に大好きな絵本を読んでもらうのが大好きなのにな。

ママ聞いてと言われて、忙しいから後で、と言ってします。

寂しそうな顔で後にした姿を思い出すと、ちゃんと聞いてあげれば良かった。

こうして、全然できない自分とこうしてあげたかったなという自分が、毎日頭の中で反省会。

反省会をするも、結局は、

ごめん、子どもたち。

でも、母は心身に限界がある。

やってあげたくても疲れてやってあげられない。

聞いてあげたくても余裕なくて聞いてあげられない。

疲労から子どもを傷つける言葉言ってしまうことも。

でも、そんな反省内容を話せる会社の同僚もいるわけではなく。

世の中の人たちは、相談し合えるママ友がいるでしょ、と思うかもしれない。

しかし、何でも気軽に話せるママ友がいる人は、ほぼいないだろう。

子育ては人それぞれ過ぎて、人の話を聞くと比較して、余計に自分が苦しむことも多いし、相手の地雷を知らずに踏んでしまってトラブルに巻き込まれることもあるし、女が集まると、面倒なことも多い。

ただでさえ、自分の子育てだけで手一杯のところ、いろんなことに巻き込まれてる余裕は無い。

私は孤独だ。

母たちは孤独だ。

その母たちの孤独を、夫たちは多忙な仕事ゆえか、仕事という理由にしているのか、男と女の違いなのか、何にせよ埋めることは難しい。

だから、私はブログを始めてとても救われている。

自分は何も仕事もできないし、育児も10年してるのにちゃんとできないし、料理も11年主婦しててもレシピ見ないと作れないし、掃除だって好きじゃない。

でも、ブログを通して、自分の素直な思いを伝えられる場所ができたことで、きっとまだ出会えて無いだけで、いつか私に共感してくれる仲間ができるのでは無いかと希望が湧いてきた。

これからも、家庭内の家政婦兼保育士として、日々奮闘するつもりだ。

いつか人生の仲間に出会えると信じて。

コメント

タイトルとURLをコピーしました