中学受験をさせる前に親に知ってもらいたいこと

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私は、中学受験をした。

塾に行きはじめたきっかけは、ただ転校した学校の授業についていけなかったから。

そしたら、勉強が楽しくなるし、メキメキと順位も良くなるから、親子で勢いついた。

茨城の田舎から高速バスに乗って、定期的に四谷大塚や日能研の模擬試験を受けに行っては、良い成績表にますますやる気になっていった。

その時、父親と母親はよく喧嘩をしていたのが、私の塾での成績で母親はいつも上機嫌だった。

小学校の頃の私は、家族のためにできることは、勉強だと思っていたし、母親の希望を叶えてあげたいと心から思っていた。

子どもっていうのは、みな、父親と母親が仲良くいてほしいし、母親の笑顔を見たいものなのだ。

小6になると、受験勉強が追い込み期になり、塾の先生も親も加熱して、小学校に行く前にも塾に行って先生と勉強していた。

どうしてこんなに勉強しなければならないのか、と母に問うと、今頑張っていれば、後になって頑張らなくて済むからという返答が返ってきた。

私は、信じていた。そして、頑張った。

いざ、受験という時になって、父と母の意見は分かれた。祖母も意見を出してきた。

その結果、今まで目指していた学校は受験できず、県内の学校のみ受験が許された。

結果は、全て合格。

第一志望の学校に行く予定で入学金を納め、制服まで作った。

しかし、その後も父と母の話し合いは続き、母は悩み迷い、私にとっては思いもしていなかった学校に進学することに決まった。

その時の私は、受験にも疲れ、親の意見に左右されることにも疲れ、とにかく母の好きにしていいよ、と言ったことを覚えている。

そして、いざ中学に入学。

頑張らなくてよくなるはずじゃなかったの….?

なんらかのテストテストの毎日。

全てに順位付けされて、廊下に張り出される。

生徒たちのほとんどが、小学校の時に学級委員やっていたという勉強にも負けず嫌いな人たちだった。

母に裏切られた。信じてたのに。

私は、そう思った。

疲れてたのに、休む暇も与えられず。

休めると思っていたからこそ、絶望感が半端なかった。

中2になると授業のほとんどを寝ていたし、中3になると保健室登校になって、家にいることも嫌になり、行くところも無いし、少年院にでも行きたいと思って万引きして捕まって、それくらいで少年院に行ける訳じゃないと知って途方に暮れ、その後も自分の居場所が見つからず、とにかくどんどん落ちていった。

その頃、父と母の仲もますます冷え切っていた。その後まもなく、離婚する。

その後も色々とあるのだが、私の人生で中学受験というものが、大きな転機だったことは確かだと思う。

中学受験そのものを否定する訳ではない。

自分の意志で中学受験に臨むのであればいいけど、子どもは親の喜ぶ顔見たさで頑張ってしまうところがあるので、親も気づかないうちに無理をしてしまっていて、後で子どもの心や身体に異変が起こることもあるということを知ってほしい。

父は、地域では一番の学校を出て、良い大学に入り、良い就職先に入り、とびきり 綺麗な嫁をもらうことはできた。

でも、大学も自分に合わず、就職先も自分には合わず、嫁との相性も合わなかった。ギャンブルのことでいつも夫婦で口論していた。今となっては、ギャンブルでもしなければ、やっていけなかったんだろうと思いやる余裕ができた。

母から、良い学校に入り良い就職先を見つけ、良い結婚相手を探すのが一番の幸せだと言われても、母が幸せそうではなかったから、全く説得力が無かった。

子どもとしては、反面教師の両親であったからこそ、深く人生について考えるようになったのだと思う。

中学受験の先に何があるのか。何を求めるのか。何を目指すのか。

何になりたいのか。そういったところを、中学受験を通して父、母、本人でよく話し合っていかなければいけないと思う。

こどもたちに過度な競争をさせた先に、何があるのか。

順位や偏差値を付けた先に何があるのか。

中学受験ビジネスにこどもたちが巻き添えにならないように、親が守ってあげることも必要ではないか。

私は、こどもたちが、何が好きで何が学びたくて何がしたいのか、それぞれが自ら考え、行動し、失敗や成功体験を重ねていくことがとても大切だと思う。

親としてやるべきことは、食生活と生活リズムを整えることはやらねばと思う。

みんな、がんばろう!

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